Web“広告”の“成長”は、既に止まって“見えている”

駄文

Web“広告”の“成長”は、既に止まって“見えている”

最も、Web“広告”らしい手法で、日々、現実的な業務レベルまで落とし込んだ膨大な作業をこなしている中で思うことは、「既にWeb“広告”としての成長は止まって見えている」ということ。

成長について、認識の違いが出てしまうと悲しいですので、ここでの「成長」を簡単にまとめてみます。

・Web広告“手法”として、「鳶が鷹を産む」ような、革新的な成長は既に止まってい

・Web広告“市場”としてはまだ成長しているけど、これは、「痩せている人が太っていく」ようなもの

つまりは、手法論としてのWeb広告の成長は既に止まっていて、クライアントの知識や理解が進むに連れて、「市場としての成長」が後から伸びてきている、と言えるかもしれない。

既にあるもの、もしくはあったものを、応用・活用しているのが現在(というかここ3年くらい?最近出てきたものを含めた実感値として)の状況で、それは、「A⇒A’」という動きであって、「A⇒B」という動きではないかなぁ。

また、仮に、全く新しい考え方で、Yahoo!のようなデカイWeb媒体があと2,3個出てきたところで、限界は見えている。そんな中、今、どうするのか。それが問題だ。

ちなみに、モバイルも然りだと思います。その他、今騒がれている「iphone」のようなものが出たところで、広告のあり方が変わるようなものではない。

「iphone」のようなもののすごいところは、「ユーザーの視点」で見た場合のガジェットとしては、本当にすごいと思う。けど、それがモバイル(もしくはPC、とか)の広告市場にインパクトを与えるとは、今のところ考えにくい。

「見る人のシチュエーション」が変わるだけで、それは、広告クリエイティブや、コミュニケーションの仕方を変えればよいだけ。(活用、応用)さらに、より人の「プライベート」に深く食い込んでいるモバイルなだけに、センシティブな課題となる。

ま、ここまですんごい断定的に書いてはいますが、タイトルにあるように、私にとってはそう「見えている」だけなのかもしれませんがw

どちらにしても、「Webで飯を食って生きたいから東京へ行く」と決断した自分の判断は全く間違っていないと今でも思っているし、これからも、「Webに関わって生きたい」という気持ちも全く変わってない。

自分の人生の今後に対して、ぼんやりと見えてはいるものの、人生の大きなテーマの一つとして、あと3年、28歳までには、これから導き出す答えの中の一つを実現したい。

※追記
こんな事を考え始めると、革新的な事ってつまりは「インターネット」というものがこの世に産まれた事で、その「研究成果」がたくさん上がってきていて、その「マネタイズ」が進んでいるだけ。んで、その「マネタイズ」に大きな課題が現在ある、という事だけなんじゃ。うむ。ご飯食べに行こうw




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Tetsunori Yuasa

Tetsunori Yuasa

1983年9月8日 福岡県生まれ東京在住。住んだことがあるのは福岡・大阪・東京・ハノイ・名古屋。海外旅行、ゲーム、Netflix、漫画、寝ることが好き。詳細なプロフィール、旅した世界の写真たちまとめ、ブログ更新メールの登録/解除

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